世界はコードでできている

2025年11月30日 17:22

愛と意図のコードを思い出す物語


夜明け前。

世界がまだ息をひそめている時間、
彼女がまどろみの中で目を開く。

彼女の視界に映るものは、いつもの部屋。
「まだ、ここか」
我ながらおかしくもある言葉が、口から漏れた。理由は分かっている気もするが、今は考えが回らない。

もう一度、目を閉じると今見た部屋の全てが粒の集合として見える。

形はあるけど、形じゃない。
全ての輪郭はぼんやりとして柔らかい。
物も空気も光も、すべてが細かなドットで構成されている。

世界は柔らかくふわふわの、
とても不確かなもののようだ。

「あの時にも、こんなドットの世界を見たっけな」

それは、
娘の看病のために泊まり込んだ夜の病院。
なす術もなく、涙も出ない。
どうしようもなく佇んだ真夜中の窓辺。

現実には絶望しか見えなかった。もう、医者すらも彼女と目を合わせる事が出来なかった。けれども、娘の心の希望の灯火を消さないように、必死で明るく振る舞った日々。つい昨日の事のようでもあり、遠い日の事のようでもある。

次の瞬間、彼女は闇の中にいる。
温かく柔らかな無限の空間にいた。
そこは、安心と慈しみに満ちた暗闇だ。

一面の暗闇に散らばる無数のドットが、
呼吸するように明滅している。
散りばめられた無数のドットは様々に動いて、近づいたり離れたりを繰り返す。
図形を作ったり、雨のように流れたり、
静かな空間に広がるドットのダンス。

「わたしもドットでできてる」
彼女自身も形を成さずに存在していた。
穏やかな気持ちで、ドットのダンスを眺めている。

ふと気づくと、
その光の海の片隅に誰かがいる。
青白いディスプレイの前に光の玉がいる。

薄いぼんやりとした黄金色に縁取られた白い卵のような形の光。

はっきりとした姿は見えない。
けれど、確かに存在している温かな光の存在だ。

その光は音のない世界で楽しげに、
微笑みながらキーボードを叩き続ける。

しばらく眺めていた彼女は気づく。

ドットたちは何かに反応して動きを変えている。あの光の誰かがキーボードに打ち込んだリズムに呼応している。空間に散りばめられたドットたちはあの光の思いのままに動き、思いのままに形を変える。

「コードで世界を動かしているの?」
同時に全く逆の感覚が湧いてきた。

「ああ、そうだった」
わたしは全て知っていた。
ようやく思い出した。

わたしの世界は、
わたしの愛と意図のコードで組んでいる。

そこで、
彼女は目を覚ました。

「わたしは愛と意図のコードで世界を作れるって、どうして忘れていたのだろう?」

ベッドに起き上がった彼女の脳裏に、遠い記憶が蘇る。
泣いている女の子。腰に手を当てて怖い顔をしている女性。わたしと母だ。

幼いわたしを叱る母の決まり文句は、
「何でも思うようになると思ったら大間違いだよ!」だった。大人しい子どもだったわたしが我が物顔で振る舞うわけもないのに、幾度も繰り返し浴びせられた言葉。

わけも分からず叱られるのは怖かった。
見捨てられるのが不安だった。
恐怖と不安から身を守りたかった。

幼いわたしは
大切な真実を忘れる事にした。
自分の意図を封印する事にした。

わたしの感じている事を沢山見逃した。
わたしの本意とずれた道を選び続けた。
わたしらしく生きていなかった。

「わたしの意図の通りに人生を変える」

彼女はベッドから下りて、立ち上がった。

誰でも自分の思うまま生きるコードを持っている。何かの拍子に封印が掛かってしまっただけ。

誰でも、
自分の物語の設定に還ることができる。

封印を解くきっかけさえあれば。

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